サブドレン高濃度汚染水放出は、「漁業権放棄」の承認と同じ※ 原油価格大幅下落は、原発再稼働を議論する好機だ※ テロをなくすために ジャーナリストが行かなければ 紛争地の真実は伝えられない

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サブドレン高濃度汚染水放出は、「漁業権放棄」の承認と同じ

原油価格大幅下落は、原発再稼働を議論する好機だ  

テロをなくすために ジャーナリストが行かなければ 紛争地の真実は伝えられない

今日は、あまり記録すべきニュースはなかったが、専門紙(日経ビジネスおよび、JBPRESS)の記事で、重要な指摘が為されていたので、記録しておきたい。

是非とも、一読を進めておきたい。

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福島第一でのトリチウム高濃度汚染水の放出問題、どうも、漁連幹部は、ことの真相を理解していないようである

「放出問題」と思われがちだが、真相は、「漁業権放棄」問題と見るべきであろう

この4年間、「汚染水の放出」を認めなかったことで、ようやく、基準内の水産物が、出荷可能になってきた。

こういう状況下で、高濃度汚染水を「放出」すれば、元の木阿弥になってしまい、それどころか、恒常的な「高濃度汚染水」の放出によって、水産業は、壊滅的被害を受けることから、「実質、漁業権放棄」と同じこととなろう。

漁協組合員の真摯な検討を行うべきであろう。

以上、雑感。

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原発80キロ圏、放射線量低減 規制委が分布マップ公表

2015/02/13 18:12 【共同通信】

http://www.47news.jp/CN/201502/CN2015021301001905.html

 原子力規制委員会は13日、東京電力福島第1原発から80キロ圏の昨年11月時点(事故後44カ月)の放射線量分布マップを公表した。年間追加被ばく線量に換算すると100ミリシーベルトに相当する「毎時19マイクロシーベルト超」の地域が事故直後に比べ大幅に減少、線量の低減が進んでいることが分かる。

 19マイクロシーベルト超の地域は、事故約1カ月後の2011年4月下旬には第1原発の北西30キロ以遠にまで広がっていたが、昨年11月時点では20キロ圏内に収まった。最新のデータからは、80キロ圏に近い場所では0・1マイクロシーベルト以下の地域が増えつつある

当方注:

「増えつつある」という事は、あまり改善されていないと言う事。

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サブドレン高濃度汚染水放出は、「漁業権放棄」の承認と同じ

<福島第1>サブドレン水放出容認へ・いわき

2015年02月13日金曜日 河北新報

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201502/20150213_63040.html

 東京電力が福島第1原発の建屋周辺の井戸「サブドレン」から地下水をくみ上げ、浄化後に海に放出する計画で、いわき市漁協は12日、理事会を開き、条件を付けた上で計画を容認する方向でおおむね合意した。16日の理事会で条件を精査し、異論がなければ、最終的に意思決定する。

 福島県漁連が同漁協や相馬双葉漁協(相馬市)に意見の集約を求めていた。相馬双葉漁協も現在、意見の取りまとめ作業を進めている。県漁連は25日の組合長会議で各漁協の見解を聞き、対応の方向性を出したい考え。

 いわき市漁協によると、12日の理事会では7支所が意見を報告。全支所とも、基本的には計画に反対だが、汚染水問題を考慮した場合、最終的には容認もやむを得ないとの考えだったという。

 ただ、トラブルの発生や風評被害、高濃度汚染水の浄化後の海洋放出などを懸念する声も強く、各支所が示した条件を「要望書」の形でまとめることで一致。16日の理事会で再度、要望書の内容を検討した上で、承認を得られれば計画を容認し、県漁連に報告する。

 理事会後、矢吹正一組合長は「トラブルが発生すれば、漁業生命を絶ち切られる可能性もあるが、汚染水問題が解決しなければ漁業の再興は難しい。苦渋の選択になる」と述べた。

当方注:

「汚染水問題が解決しなければ漁業の再興は難しい」とは、意味不明の矛盾した発言。

「汚染水の”放出”は、水産業の『放棄』を認める」こととなる。

わかりやすく言えば、「埋めたて地」問題と同じで、「漁業権放棄」を承認したこととなろう

この4年間、汚染水放出を阻止したため、ようやく市場へ出荷が軟化される状況になったが、高濃度汚染水放出を容認すれば、「深刻な」状況に陥るであろう。

「埋めたて地による漁業権放棄」の場合は、「補償金」が前提だが、「汚染水放出認可」では、保証金も受け取れない。

慎重に検討すべきであろう。

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原油価格大幅下落は、原発再稼働を議論する好機だ  「脅し」「すかし」で国民をダマすな

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2015年2月13日(金)日経ビジネス

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150212/277390/

 原子力発電所の再稼働に向けた手続きが進んでいる。原発の安全性を審査する国の原子力規制委員会は2月12日、福井県の関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)が新規制基準に適合していると結論付けた審査書を正式決定した。今後、地元の同意手続きを経て、実際に再稼働することになる。

 一歩先を行っているのが鹿児島にある九州電力川内(せんだい)原発だ。昨年9月に規制委が審査書を正式決定した。住民説明会などを経て、11月に鹿児島県知事が再稼働に同意した。ただ、安全対策の詳細設計を記した「工事計画」について規制委から不備を指摘されており、再提出後でないと再稼働できない。

なぜ原発再稼働が必要なのか

 安倍晋三内閣は、「安全性が確認された原発から再稼働させる」という方針を貫いている。川内、高浜ともに、電力需要が高まる7~8月までに何とか再稼働させたい意向だ。

 2013年9月以降、日本にあるすべての原発は停止したままだ。その間、今後、原発をどうしていくべきか国民的な議論が繰り広げられたわけではない。東日本大震災による東京電力福島第1原発事故以来、原発に反対する国民の声が広がり、賛否が割れたままになっているが、安倍首相も原発について議論することを避けているのは明らかだ。昨年末の総選挙でも争点から外していた。

 なぜ、原発再稼働が必要なのか。

 これまで政府はいくつかの理由を正面に打ち出してきた。震災直後に繰り返し言われたのが、「電力が足らなくなる」というものだった。一部の地域で一定時間帯に停電させる「計画停電」も行われ、「このままでは夏の需要期は乗り越えられない」と大騒ぎした。

 電気事業連合会の資料によると、震災前の2010年度の総発電量は1兆64億キロワット時で、その28.6%を原子力で賄っていた。ざっと3000億キロワット時分だ。これが無くなれば、計算上は電気が足らなくなるのは明らかだ。

 原発の稼働停止の穴を埋めるために、電力各社は液化天然ガス(LNG)火力や石油火力を大幅に増やすことで、電力供給に努めた。その結果、停電になるような事態は避けられた。

「足らなくなる」の次は「料金が上がる」

 原発の割合は2012年度には1.7%、2013年度には1.0%にまで減少したが、それでも需要は賄ったのだ。遂に昨年の夏は原発ゼロで需要期を乗り切った。

 「足らなくなる」という説明が通らなくなると、次に出てきたのが、「料金が上がる」という説明だった。

 「原発がゼロになったら電気料金は2倍になる」

 民主党の野田佳彦政権が「2030年代に原発ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」という方針を表明した2012年秋に、電力会社や経済界が率先して主張した。

 当時、政府のエネルギー・環境会議で示された試算によると、2030年の発電量に占める原発依存度をゼロにした場合、電気代を含む家庭の光熱費が最大で月額3万2243円になるとした。2010年の実績が1万6900円だったので、ざっと2倍になるとしたのだ。

 原発を動かさなかったら、あなたの懐が痛みますよ、というわけだ。体の良い「脅し」である。

経営努力が働きにくい電力料金の仕組み

 だが、本当に原発が作る電気は「安い」のか、というと議論が分かれるところだ。東電福島第1原発事故の賠償金だけでも11兆円という巨額の費用が発生している。さらに膨らむ可能性もある。要は事故を起こした場合の費用をどう見積もるかで、原発の採算性には天と地ほどの開きが出る。

 事故を起こさないまでも、原子炉が寿命を終えて廃炉するとなった場合の費用もばかにならない

 経済産業省は2013年10月に、電力会社が原発を廃炉する場合の費用を分割計上して、事実上先送りできるように会計規則を変更したが、逆に言えば、通常の電力料金では廃炉に必要十分な減価償却ができていないということをはからずも示したことになる。

 電力料金は総括原価主義といって、原燃料代の変動分を自動的に料金に上乗せできる仕組みになっている。「適正利潤」というのが建前だが、一般の企業で当たり前の、原料コストが上がった分を何とか吸収しようという経営努力が働きにくい仕組みといえる。原発停止以降、電気料金は上昇しているが、これも原油価格の上昇と、為替が円安に振れたことによる輸入代金の上昇が大きい。

 この「料金が上がる」という説明は今も、原発再稼働の説得材料として使われている。

 昨年6月の記者会見で、甘利明・経済再生担当相はこう述べたと報じられた。

 「事態を放置すれば、産業用の電気料金が東京電力福島第1原発の事故前より5割上がる」
「(値上げせずに据え置けば)電力会社で債務超過が続出する。異常事態が迫りつつある」

料金が上がれば、需要が減るだけ

 料金認可は経産省の権限だから、原発が止まったから料金を上げます、というのはもちろん可能だ。だが、日本は社会主義計画経済ではない。価格が上昇すれば、消費を抑える動きが強まる。それは家庭でも企業でも同じだが、企業の方がガス・コージェネレーション(熱電併給)などにシフトすることがより容易だ。

 当時、政府のエネルギー・環境会議で示された試算によると、2030年の発電量に占める原発依存度をゼロにした場合、電気代を含む家庭の光熱費が最大で月額3万2243円になるとした。2010年の実績が1万6900円だったので、ざっと2倍になるとしたのだ。

 原発を動かさなかったら、あなたの懐が痛みますよ、というわけだ。体の良い「脅し」である。

経営努力が働きにくい電力料金の仕組み

 だが、本当に原発が作る電気は「安い」のか、というと議論が分かれるところだ。東電福島第1原発事故の賠償金だけでも11兆円という巨額の費用が発生している。さらに膨らむ可能性もある。要は事故を起こした場合の費用をどう見積もるかで、原発の採算性には天と地ほどの開きが出る。

 事故を起こさないまでも、原子炉が寿命を終えて廃炉するとなった場合の費用もばかにならない。

 経済産業省は2013年10月に、電力会社が原発を廃炉する場合の費用を分割計上して、事実上先送りできるように会計規則を変更したが、逆に言えば、通常の電力料金では廃炉に必要十分な減価償却ができていないということをはからずも示したことになる。

 電力料金は総括原価主義といって、原燃料代の変動分を自動的に料金に上乗せできる仕組みになっている。「適正利潤」というのが建前だが、一般の企業で当たり前の、原料コストが上がった分を何とか吸収しようという経営努力が働きにくい仕組みといえる。原発停止以降、電気料金は上昇しているが、これも原油価格の上昇と、為替が円安に振れたことによる輸入代金の上昇が大きい

 この「料金が上がる」という説明は今も、原発再稼働の説得材料として使われている。

 昨年6月の記者会見で、甘利明・経済再生担当相はこう述べたと報じられた。

 「事態を放置すれば、産業用の電気料金が東京電力福島第1原発の事故前より5割上がる
「(値上げせずに据え置けば)電力会社で債務超過が続出する。異常事態が迫りつつある」

料金が上がれば、需要が減るだけ

 料金認可は経産省の権限だから、原発が止まったから料金を上げます、というのはもちろん可能だ。だが、日本は社会主義計画経済ではない。価格が上昇すれば、消費を抑える動きが強まる。それは家庭でも企業でも同じだが、企業の方がガス・コージェネレーション(熱電併給)などにシフトすることがより容易だ。

 もちろんそれには設備投資が必要だから、電気料金が一定以上に上昇して、設備投資しても割安になるという段階になって初めて、一気にシフトが加速することになる。大幅な値上げをすれば消費が落ちて電力会社自身のクビを締めることになるのだ。

 実際、東日本大震災以降、総発電量は減少を続けている。2010年度の1兆64億キロワット時から、毎年減り続け、2013年度は9397億キロワット時になった。6.6%も減ったのである。

 つまり、「料金が上がる」というのは脅しとしては使えても、本当に家庭や企業が受け入れられないような大幅な値上げに踏み切ることは、現実には難しいとみていいだろう。

「原発停止で国富が流出」は本当か?

 そんなこともあってか、もう1つの説明が出てきた。昨年春ごろのことだ。

 「原発停止で3兆6000億円の国富が流出している

 原発が停止しているために、LNGや原油の輸入が急増して、その代金として海外に支払われている分が、損失だというのだ。原発停止が国益を損なっている、というわけだ

 財務省の貿易統計によると、2013年の原油輸入は14兆円余りと前年に比べて17.5%増加、LNGの輸入も7兆円余りと8.7%増えた。一見、原発停止の影響が大きいように見える

 だが、実際は、原油の輸入数量は1.5%増、LNGは1.0%増と数量増はそれほど大きくない

 確かに2012年にはLNGの輸入数量は11.2%も増えていたから、震災前に比べれば増えているが、伸びは止まっている。2014年の輸入量はLNGは1.2%増えたが、原油は逆に5.5%も減っている。輸入額が増え続けているのは、アベノミクスによる円安の影響が大きいのである

 3兆6000億円という数字については各方面から異論が出ているが、金額はともかくとして、エネルギー輸入代金の支払いは本当に「国富の流出」なのだろうか。「使ってしまえば何も残らないから」というのが国会での答弁だったが、すべてがすべて浪費しているわけではない。

企業のエネルギー輸入コストは元を取れている

 エネルギーを使って自動車や家電などの製品を作り、それを輸出している部分も小さくない。円安によって輸出採算は大幅に改善、企業は大きな利益を上げている。つまり、エネルギー輸入コストは企業ではすっかり吸収されていると見るべきだろう。

 このあたりは神学論争になりかねないが、ここへきて、政府の説明に決定的なダメージを与える事態が出来している。原油価格の大幅な下落である

 2008年に1バレル=140ドルを付けた原油価格は昨年夏ごろから急落が続き、一時1バレル=45ドルを下回った。30ドル割れを予想する向きもある。

 原油価格が下がれば当然、発電コストも大幅に下がる。LNGは長期契約で値段が下がりにくいと言われるが、それでも基本は原油価格に連動する。まして、原発停止で石油火力やLNG火力のウエートが大きくなっている分、原油価格下落の効果は大きいだろう

 「原発は火力よりもコストが安い」という論理で再稼働を正当化しようとしていた政府にとっては、不都合な現実が起きているのである。

 「料金が上がる」という危機感を煽る方便も、「国富が流出している」という愛国心に訴えるやり方も、原油価格の大幅下落を前に、説得力を失いつつある。

なぜ原発を維持すべきなのか

 もちろん、原発はCO2を排出しない、という利点もある。かつて鳩山由紀夫首相が「2020年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で25%削減する」と国際公約したが、これを実現するために、当時の政府は原子力発電の比率を50%以上にするという計画を作った。

 今年の年末には国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)が仏パリで開かれる。京都議定書に代わる温暖化対策の枠組みが決まる。そこで日本がどんな削減目標を国際公約することになるのか。

 日本の将来のエネルギーミックス(電源構成)をどうするのか、ようやく経産省の審議会で議論が始まった。この機会に、なぜ原発を維持すべきなのか、環境対策なのか、安全保障か、原発技術や人員の確保なのか、真正面から議論をすべきだ。「安全性が確認されたから」というだけで、なし崩し的に再稼働を広げていくだけでは、福島第1原発事故の教訓を学んだことにはならないだろう

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ジャーナリストが行かなければ 紛争地の真実は伝えられない

テロをなくすために日本が本当にやるべきこととは

2015.02.13(金)  志葉 玲 JBプレス

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42902

外務省からのパスポート返納命令書を見せるフリーカメラマンの杉本祐一さん(2015年2月12日、外国人記者クラブにて、筆者撮影)

ジャーナリストの後藤健二さんがISIS(イスラム国)に殺されてしまったことは、筆者とっては、他人ごとではなく衝撃的だった。後藤さんと面識はなかったが、同業者として、非常に残念に思う。またこの事件を利用して、政府がジャーナリストの活動を封じ込めようとしていることにも、それに同調する意見がネット上に少なからずあることに、危機感を感じる。

 そこであくまで筆者の私見になるが、ジャーナリストたちはなぜ、紛争地に行くのか。また、なぜ中東が現在のように混乱した状況になったのか、論じたい。

報道は民主主義の要であり平和に貢献する

 講演などで、筆者が必ず聞かれることは「なぜ、危険な紛争地に行くのか?」ということだ。これについては、大きく2つの理由がある。

 1つは、報道によって、少しでも戦争で傷つき殺される人々を減らすことができるかもしれないということだ。

 2014年夏のパレスチナ自治区ガザへのイスラエル軍の侵攻、特に地上軍の侵攻以降では、日本人ジャーナリストは筆者含め3人しかいなかったものの、世界各地からジャーナリスト達がガザへ集結していた。米国やイギリス、ドイツやスペイン、インド・・・etc。各国のジャーナリストが現場からイスラエル軍の無差別攻撃の実態を報じたのである。イスラエルが圧倒的な軍事力を持ちながら、ハマスとの停戦に応じざるを得なかったのは、現地から報道に世界中の人々が憤り、国際世論がイスラエルへの圧力となったからだろう

 もう1つは、現地で何が起きているのか、伝えることで、日本の人々に自国の政策について、考えてもらう材料を提供することだ。

 2014年5月の安倍首相とネタニヤフ首相の会談以降、防衛分野を含む交流も行うなど、日本とイスラエルは関係を強化している。また、安倍政権は、米国の戦闘機F-35の国際共同開発への日本企業の参画を、公費も投じて推進しているが、それは日本産の部品を組み込んだF-35が米国からイスラエルにわたり、ガザの人々を殺すことになりかねない。これらの意味するところを日本の人々が考える上で、昨夏のガザでイスラエル軍が何をしたかは、重要な情報であろう。

https://www.youtube.com/watch?v=IoozTXGv3fE

筆者が撮影した2014年夏のガザ侵攻の動画

 つまり、報道は平和に貢献し得るものであり、また人々が政策を判断する上での材料となるなど民主主義の要となり得るものである

 現在、問題となっているISISへの対応などもまた然りで、米国主導の対テロ戦争を支援するか、あるいはもっと別なかたちでの貢献するかは、日本の人々の生命にも関わる問題だが、こうした判断の材料としても、報道が果たす役割が大きい。報道というものが、個人のみならず、多くの人々の人命にも関わる「公の仕事」である以上、多少の危険があっても、その職務を放棄するわけにはいかない。警察官や消防隊員が「危ない」というだけで職務を放棄しないのと同じである。

自衛隊イラク派遣を取材させなかった日本政府

 だが、今回の人質事件以降、ジャーナリストの紛争地での取材を規制しようとする動きが強まっている。こうした傾向には大いに警戒すべきだろう

 高村雅彦自民党副総裁が後藤さんの行動について「蛮勇」と発言したり、シリアで取材していた朝日記者の行動を読売や産経が批判的に報道、自民党の佐藤正久参議院議員も、「危機管理の基本の1つは危険な地域に近寄らないことだ(中略)再発防止の為、朝日新聞の記者含め、早期退出を願う」とツイッターに書き込んでいる

極めつけは、シリア取材を計画していたフリーカメラマン杉本祐一さんのパスポートを、外務省が「応じなければ逮捕する」と強制返納させたことだ

 「戦争で最初に犠牲となるのは真実」という言葉があるように、戦争において、権力が情報を統制し、都合の悪いことは隠蔽するのは、もはや常識である。今、安倍首相は集団的自衛権行使の法整備を推し進めているが、自衛隊が日本を守るためではなく、米国等の戦争のために紛争地に派遣され、現地で死傷するような事態になれば、世論の反発が予想される。そうした地の実態をジャーナリストに取材されては困るのだ。つまり、「邦人保護」という目的だけではなく、政府の都合で、ジャーナリストの紛争地取材の規制が行われない保障はどこにもない

 実際、自衛隊がイラクに派遣されていた2004年から2009年頃、日本の外務省は各国のイラク大使館に日本人へビザを発給しないよう、要請していたのだ。さらに、ジャーナリストの綿井健陽さんに一旦発給されたイラクビザが日本の外務省の横槍で取り消された事例もある。当時、自衛隊イラク派遣はその是非で大きな議論を呼び、世論の賛否も大きく分かれていた。だが、イラクに派遣された自衛隊の活動実態や、自衛隊員が実際にどのような脅威に直面しているかについては、ごくごく断片的な情報しか出てこなかったのである。

 もし当時、日本人ジャーナリストがもっと容易にイラクのビザを取れ、取材活動を行っていたならば、自衛隊イラク派遣に対する世論も大きく違っていたことだろう。

イラク政府、シリア政府の戦争犯罪に目を向けよ

 今回の人質事件が、世論をミスリードすることも懸念している。安倍総理は「罪を償わせる」と息まいたが、そもそもISISがどのようにして生まれたかを理解しなくては、仮に米国主導の対テロ戦争でISISを殲滅したとしても、またISISのような組織が生まれるだけである

 現在でこそ、その本拠地をシリア北部ラッカに置くISISだが、そもそもの起源はイラク戦争だ。リーダーのバグダディを始め、その中枢はイラク戦争でその地位を追われたサダム政権の軍人などである。彼らの故郷であるイラク中部や西部は、米軍によって凄まじい破壊活動が行われ、街を包囲して、動く者は女性や子どもも無差別に撃ち殺すという、非人道的な蛮行が繰り返されたのだ。

米軍によるバグダッドでの掃討作戦。米軍はイラクの人々を何の証拠もないまま拘束し、尋問や拷問を行った(筆者撮影)

 さらに、米国や日本が軍事的・経済的に支援した新生イラク政府は「米軍の方がまだマシだった」という無茶苦茶な拷問や虐殺を繰り返した

とりわけ、イスラム教シーア派至上主義のヌール・マリキ前首相は、スンニ派への苛烈な弾圧を続けた。一昨年末からはファルージャやラマディなどイラク西部を空爆、樽爆弾などの強力な兵器が情け容赦なく使われる中で、一般市民の犠牲が相次ぎ、ファルージャの病院も破壊され病院スタッフも殺されるという状況が続き、マリキ政権からアバディ政権になった2014年9月以降も基本的な対立構図は変わっていない

 つまり、イラク北部や中部、西部のスンニ派教徒にとって、イラク政府よりはISISの方がマシという状況があり、だからこそ2~3万人程度の兵力で人口200万人のイラク第2の都市モスルほか広範な地域で影響力を行使できているのである。

 つまり、現在も続けているイラク政府やシリア政府の戦争犯罪を国際社会が止めようとしないことこそ、ISISが勢力を拡大してきた直接の原因だ。また、こうした背景があるゆえに、日本の2億ドルの「人道支援」を否定的にみる人々が現地では少なくないのである

中東で何が起きてきたのか今こそ検証を

 テロをなくすために、日本がやるべきなのは、米国主導の対テロ戦争にただただ追従することではない。まして、集団的自衛権を行使し、自衛隊を現地に派遣し戦闘を行うことでもない。「ヒロシマ、ナガサキ」の悲劇を経験し、平和を重んじる国として復興したという日本のイメージは中東の人々の琴線に触れるものがある。イラク政府やシリア政府に対しても、残虐行為や空爆を止め、和解を促すように訴えるべきだ。それが奏効すれば、ISISはその勢力を弱めていくだろう

 後藤さん、湯川さんの犠牲を無駄にしないためにも、この10年余り、中東で何が起きてきたのか、日本がそれにどのように関わってきたのか、今こそ検証が行われるべきなのである。

【あわせてお読みください】

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「イスラム国へ行った人は自己責任」に潜む大問題「家族、日本人に関係なければどうでもいい」に極まる国際音痴ぶり

2015.02.10(火)  伊東 乾 JBPRESS

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42874

中東の危険な地域に自ら赴き、その結果テロリストに誘拐され被害に逢った人たちについて「自己責任」という言葉を使う論議が取りざたされています。

 ある調査によれば83%の人が「自己責任」と言っているという。目を疑いましたが実際そのように印字されていました。これはいったいどういうことか、考えて見なければ、と思った次第です。

「湯水と情報はただ」の意識?

イスラム国、「日本にとって悪夢の始まり」 後藤さん殺害動画

都内で開かれた催しで中東情勢について語る後藤健二さん(2014年3月4日撮影、2015年1月21日国際援助団体提供)〔AFPBB News

 身の危険を顧みず、戦闘地域に入って取材する従軍記者、カメラマンなどの職業があります。彼らは自己の判断においてそうした仕事に就き、私たちが行くことのできない危険な地域の1次情報をもたらしてくれます。

 それらの情報は、様々な判断を下すうえで時に決定的な意味を持ちます。情報であれば報道ですが、諜報であればスパイ、捕まれば命はありません

 そういう仕事は「自己責任」で行われるものなのでしょうか?

 私たち情報を得る側は、徒手して平和な日本にとどまりつつ、日本語ベースで中東の凄まじい状況を手に取るように知りながら、いざ何かあると「自己責任」でことを済ませてしまうのか?

 日本語には「湯水のように」という表現がありますが、情報は湯水と同様無料なのでしょうか?

 欧州では水道水が硬水のため、飲料水は必ず買って飲みます。「湯水のように(惜しみなく、ただで、無駄に)使う」という表現はフランス語にもドイツ語にもありません。

台湾機墜落、死者25人に 飛行中にエンジン停止か

台湾・新北市で高架道路と道路上のタクシーに接触し、基隆川に墜落する直前の復興航空の航空機〔AFPBB News

 これと同様に情報もまたいくらでも放っておけば天から降ってくるとでも思っているのでしょうか

 似て非なる例をもう1つ挙げてみましょう。例えばA国の閣僚や外交団がB国を訪れたとして、テロリストの爆弾で命を落としたとしましょうこのとき「バカ大臣の自己責任で勝手にやられた」という表現が成立するでしょうか

 多分そういう話にはならないですね。

 では、民間人なら自己責任で、内閣総理大臣の個人的な意思であれば国の責任にさせられるのでしょうか・・・?

 だんだん話の本筋が見えてきたと思います。自己責任「論」なんて阿呆な話が、こういう文脈で出てくること自体がネット的というか、そもそも水準以前であることが垣間見えてくるでしょう。

雪山登山と飛行機事故

 全く別の例を挙げてみましょう。毎年のようにゴールデンウイークなどに、登山などで行楽地に赴き、そこで遭難する事故の報道があります。

 あれこそ、まさに自分の責任で観光などに赴いてトラブルに巻き込まれるわけですが、そういう文脈で「自己責任」という言葉が使われるでしょうか

 遭難者の救助には、地元レンジャーはじめ多くの人が協力し、税金も少なからず投入されます。「自己責任だ。税金の無駄遣いはやめよ」といった議論が捲き起こるのは、あまり目にしないように思います。

 中東と観光地、どちらが「自己責任」か、改めて言うまでもないでしょう。自分の楽しみのために行く観光と、何であれ仕事として戦地に赴くのでは重みが全く違いますし、社会全体が享受する価値の性質も全く異なる

 ところが、世論というのはかくのごとく無責任で、気分で右にも左にも流れてしまう。

 もう1つ別の例を挙げてみます。飛行機の墜落事故などがあったとき、日本では「日本人乗客」の有無が必ず報道されます。

 もっと露骨に言えば「日本人乗客」がいないと判断されたときには「(幸いにも)日本人乗客はいませんでした」風の報道がなされ、ひとまず良かったといった受容の空気が流れる。これはいったいどういうことなのでしょう?

  被害に遭った日本人の情報をメディアに流すというのが、元来は電話での問い合わせが航空会社や大使館などに殺到しないように、といった配慮からなされた面もあるでしょう。しかし今日ではメールなどで問い合わせに対応が取れますし、バラエティ番組の類でタレント・コメンテーターが述べる内容は全く性質が異なっています。

 今回のテロについて海外の友人、主としてベルリンのドイツ人とアムステルダムのオランダ人と話して、日本の反応で全く理解できない点として挙げられる特徴が、これらと関連しているように思われるのです

 例えば、この連載でも取り上げた「画像コラージュ」。一部では表現の自由などと勘違いした解説もありましたが、率直に大半の有識層は眉をしかめて「一体なんの真似だ?」と訝しがるばかりです。

 それはそうでしょう。明らかに人の命が懸かっているのに、おふざけ以前の幼児の遊びのようなものがネットに流布したわけですから、呆れてものが言えない人が少なくなかったに違いありません。

 事実、最初の犠牲が出てから、大勢はぴたっとやんだ観がありました。さすがにまずいと阿呆でも気づくタイミングはあった。

 ところが1月28日以降も空気が読めない重度の馬鹿というのもいて、2人目の犠牲が出たあとでも、ちゃらついているケースがないわけではありません。中東人を含め、全世界から今回、日本ないし日本人が呆れ果てられた1つが、このおふざけであったと思います。

 この種の、物事の軽重が分からない精神年齢の者も、仮にそれが日本国内で起きた観光地の事故や天災、あるいは地震や津波、原発事故などを対象に同様のおちゃらけをすれば、いったいどういう社会的制裁が待っているか、くらいは分かるのかもしれません。

 「聖戦のジョン」と同列に「英霊」や「特攻兵士」を扱えば、行動右翼がやってきてボコボコにされる可能性もあるでしょう。

 あの種のおふざけに共通しているのは徹底した当事者意識の欠如、二重の意味での「対岸の火事」感があるように思います。

 第1は、そもそも中東が生活圏の延長に感じられていないこと。スターウオーズもドラえもんもシリアも等しく、リアルな自分の責任と関係のない世界と思っている恐れが感じられます。

 もう1つはネットの匿名性などが火に油を注ぐのか、バーチャルな世界での言動は責任を取らなくてよい、言ったら言った者勝ちとでも思っているかのごとき幼稚さでしょう。正体は不明ですが、IS(イスラム国)関係者かもしれない英語の書き込みに対して、愚かな強がりを書くような小児の所業も目にしました。

 2020年、東京でオリンピックを開くわけですが、これが1972年のミュンヘンオリンピック以上の惨事にならぬことを心から祈っています。

 この種のバカな書き込みが、オリンピックのリスクだけでもどれだけ増やし、警備対策費を何百億円と増やしていることに気づいているのでしょうか

 中東からも東アジアからも、いろいろな人がやって来て、それを「お・も・て・な・し」しなければならない事態を自ら呼び込んでいるのと変わらないマネであることに、どれくらい気づいているのか・・・。

 頭痛を通り越して、リスキーな時期は東京を離れていた方が安全くらいのことを考えざるを得ません。

「対称性原則」から考える「自己責任」

 なぜ観光地で不幸な災害に逢った人を、日本の世論は「自己責任」扱いしないのか

 それは「自分だって行くかもしれないから」という本音が背景にあるからにほかなりません。休日に山登りをしていたら突然噴火して大災害に巻き込まれた・・・そういう災害がありました。

 メディアがこぞって犠牲者のプライバシーをニュースにしていたのには違和感を持ちましたが、行方不明者の捜索に税金を使うのは無駄遣い、なんて話は絶対に出ない。警察は何やってるんだ式の議論こそ出ても、捜索が無駄なんて議論が起きることはない。

 地震や津波にしても全く同様でしょう。これらに通定するのは「対称性原則」と呼ばれるものと考えられます。つまり、

 「もしかして、自分も巻き込まれるかもしれない」

 という事故や事件、天災や人災については 万全の公共サービスによるフォローが当然のこととして求められる、そういうメンタリティではないか、とある友人は指摘しました。

 つまり、多くの日本人にとって、自分も巻き込まれるかもしれない事件や事故については公共に無尽蔵とも言えるサービスを求め、自分たちが絶対関係ないと思う対象については、タデ食う虫が好き好きでやってることだから「勝手にしろ」というのが「自己責任論」の実態ではないか、というわけです。

  そう考えると確かにいろいろなことが綺麗に説明できます。

 つまり、日本人にとってはシリアやイラクなどというところは「絶対に行かないところ」「少なくとも私は行かない」という場所であって、そんなところに好き好んで出かけて事件に巻き込まれるのは当然だし自業自得という、あくまで冷たい幼稚な反応ができるのは、「自分とは無関係」という割り切りが背景にあるからでしょう。

 飛行機事故があって、「犠牲者に日本人が含まれているか?」というのは、つまり自分に関係があるか、ということでしょう。

 自分の家族や知り合い、会社の関連の誰かが乗っていたら、それは「大事」だし、そういうものが一切乗っていなければ「俺には関係ない」と切り捨てておしまい。

 そういう「島国根性」よりさらにノマド化が進んだマイホーム・エゴのようなものだけですべてが判断できる、幼児の万能感のごとき恐るべき低精神年齢ぶりを、今回日本は世界に見せつけているのではないでしょうか

 議論しながら、私自身一言も返せなくなっていくのを意識しないわけにはいきませんでした。

感謝をもって情報に接しよう

 実は私は2011年4月、本来ならサウジアラビアの「ジャナドリア祭」というものに招聘されていました。

 ご存知かもしれませんが私の研究室は宗教建築の音楽音声音響の実測という仕事をしていて、イスラームのモスクの優れた設計思想についていくつか仕事があります。

 このときは日本人の文化人学識経験者としてはただ一人、リヤドやバーレーンなどを巡回する中東のスケジュールを外務省に検討してもらっていました。

 ところが前年の2010年末、チュニジアで始まった暴動が中東各地に飛び火して不穏な政情になってしまいました。

 2月になり外務省中東2課から渡航自粛の要請があり、どうしようかな、と思っていたところで決定打になったのは3.11 東日本大震災で、これはアラビア半島に出かけている場合ではない、と決意して、結局「ジャナドリア祭」の日程は正式にキャンセルしました。

 「民衆暴動があるかもしれず、危ないですから行かないで下さい」というのは役所のセリフとしては分かるのですが、私は私で招聘してもらったのは意気に感じているわけですから「危なそうだからやめときます」なんて腰抜けなことは言いたくありません

 このときは地震と福島第一原発事故が決定打になって、中東歴訪をペンディングしました。

 そんな経験もあるので、率直に思うのです。渡航は危ない、と指摘されながら、それでもあえて出て行く人の決意や勇気は、チキンハートで尻込みしたような連中が「ジコセキニン」とか寝言を言うようなものではないということ

 ただただ頭が下がるの一語に尽きるものであること。

 この種の問題で「自己責任」と言う言葉を発する人がいれば、その人がどれくらい狭い範囲の中で生活して、そこで無責任を決め込んでいるかを、第一に見た方がよい可能性があることを、冷静に指摘しておきたいと思います。

 もしそれが83%を占める2015年の日本であるなら、日本は「右傾化」ナショナリズムに傾くどころの話ではなく、ただただエゴで固まったバラバラの群集が収拾もつかずに右往左往しているだけの状態が、強く疑われるわけです。

【あわせてお読みください】

☆☆☆

Astronomy Picture of the Day

Discover the cosmos!

2015 February 13
See Explanation.  Clicking on the picture will download
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Aurora on Ice (アイス上のオーロラ)

Image Credit & Copyright: Stéphane Vetter (Nuits sacrées)
説明:スノーグローブから、氷、空のこの広大な魚眼ビューはヨークルスアゥルロゥンビーチ、南東アイスランド、地球から、2月1日に捕獲されたわけではありません。黒い砂のビーチで氷河の氷の塊が輝くハローに囲まれたほぼ満月の光の中で輝く。

☆☆☆

妻純子の状況:

病状は、安定しているようだ。

あとは、PEG交換すれば、良いだけだ。

退院準備をしておこう。

・・・・・本日は、これまで・・・・・

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